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エロゲ環境向上計画番外編 私のオーディオ遍歴②

今日も自分語りぃいいいい>挨拶

すみません、ここまで長くなるとは……。興味ない方は今しばらくお待ちくださいませ> <

家に届いたK701、早速パソコンに繋いで聞いてみたものの、出てきた音は本当にひどいものだった。
まるでスカスカで中身のかけている様な音。二倍に迫る金額を支払ったヘッドホンが、その半分にも満たない音でしか鳴ってくれない。もちろん新品なのでエージングが全くできていないこともその一因ではあったのだが、パソコンに直繋ぎで聞いていたのが直接の原因だった。
少し調べてみればすぐに、K701は鳴らしにくいヘッドホンである事、ちゃんとした音で鳴らすためにはヘッドホンアンプが必要となる事が分かった。しかし当時はUSB入力付きのヘッドホンアンプなどは無かったし、パソコンにはサウンドボードも積んでいなかったため、パソコンの音声をRCA入力に変換してやる機材、つまりDACも同時に必要となった。
細かい過程を全て書いていてはきりがないので入手に至る経緯などは省略するとして、DACとしてHRT Music Streamer II、ヘッドホンアンプとしてLovely Cube、ヘッドホンとしてK701という初めてのオーディオシステムが完成した。アンプとDACは試聴などしていない。全て口コミから選んだ代物ではあるものの、この環境が構築され今までとは全く異なる音楽体験が可能になった時は大いに楽しめた物だった。まだ純粋に音楽を楽しむことが出来ていた、最後の瞬間だったかもしれない。
そして転機は直ぐに訪れてしまう。良く尋ねていたオーディオショップで開催されていた試聴会にたまたま立ち寄ったのだが、その会場のスピーカーから出る音に心を深く揺さぶられたのだ。
ヘッドホンはあくまで耳元から音が鳴るのに比べ、スピーカーは空間そのものから音が鳴るのである。その"まるで音を浴びているかのような感覚"がこの上なく心地いい。そして何よりも驚くべきは、"何故か演奏の奥行き感が見えるかのよう"に聞こえるのだ。今までヘッドホンでも、父のシステムからも、聞こえてくる音と言うものは一様ののっぺりとした演奏だ。バロックだろうが、フルオーケストラ、Jpopだろうが、アニソンだろうが、それは変わらない。音はスピーカーから出てくる事を認識できてしまう。
ところがそこで聞いた音は、まるで目の前のスピーカーが消え、周囲の空間から音が鳴っているようだ。いや、最早奏者が其処にいて、音楽を奏でてくれているかのような。バンドの編成が目に見えるかのような。そして何より、持ち込んだアニソンのCDですら、ボーカルが浮き上がりまるで目で歌っているかのような。そんな今まで聞いたことのない音を奏でていた。スピーカーと言うものはこれだけの素晴らしい音を表現することが可能なのか!深く感銘を受けた私がスピーカーを導入しようとするのは、自然な事だっただろう。スピーカーへと感心が移ったおかげでヘッドホンはその後新たに更新することなく、今でもK701は現役で美しい声を聞かせ続けてくれている。

いくらスピーカーの素晴らしさをまざまざと見せつけられたからと言って、導入するのは容易ではなかった。スピーカーを鳴らそうと思うと、アンプが必要になる。世の中には無数のスピーカー、アンプが存在している。そんな中からどれを買えばいいのか、全く雲をつかむような話のように感じられた。

先の記事で人の感想等はあくまで参考程度にしかならないと豪語したが、その事に気付いたのは若干時系列的にもう少し後の話。この"K701が鳴ってくれない"事態に遭遇した時やスピーカー選びの旅に出た時は、周囲にオーディオの話が出来たり聞く事の出来る様な人間はいなかった。となると頼りになるのはネットしかない。某掲示板や某価格サイトなどがその主な情報収集限だった。
この集合知という存在は大変便利ではあるものの同時に誠に厄介な代物でもあるのだ。中でも問題となるのは、一つのシステムの音の絶対評価ではなく、二つ以上のシステムの音の相対評価である。視聴するシステムの組み合わせが、部屋が、気候が、聞く位置が、音源が、聞く人の音の好みが、体調がetcetc……さまざまなパラメーターが全く違うにも関わらず、しかも自身が聴いた音を文章として表現する際にあやふやな表現で主観と客観が入り混じることとなるのだ。そうして出来上がった試聴比較レビューと言うものが、どれほど参考になるのであろうか。しかもそのような事を、普段はケーブルで音が変わっただとか、スピーカーの位置をセンチ単位でセッティングし、インシュレーターを始めオーディオアクセサリーの細部にまでこだわるようなオーディオマニアの連中が恥ずかしげもなくやってしまっているのである。さらに自分の評価こそが唯一にして絶対であると信じている節があるのも難儀である。こういうこだわりを持った人間と言うのは、自分の評価と異なる評価をされてしまうと、まるで自身の人格が否定されたかのように受け取ってしまうメンドウクサイ存在である場合が多いのだ!
またオーディオショップでの試聴こそ至上の環境の様に勘違いしてしまっている人も少なくないように感じる。幾つものアンプとプレーヤーの電源を繋ぎ、長いケーブルを引き回し、比較試聴のためにセレクターをいくつも噛ました果てにようやくつながっているスピーカーの周りには他の試聴機が沢山並んでいるあの環境が、である。普段電源のクオリティだとかケーブルの取り回しにまで心を配る人種が何故そのような勘違いをしてしまうのか、全く理解に苦しむ話である。馴染みのオーディオショップの御大の言葉を借りると、「オーディオショップで出来る事は、コンポーネントそのものが持つ実力を試す事ではなく、多種多様のコンポーネントの比較試聴だけだ」と断言するが、まさしくその通りであろう。
……えーっと、一体何の話だったっけ??
そうそう、未だそんなことは全く知らない私はスピーカーに関するネット上の口コミを読んで回り、また直ぐに購入する気も欠片もないのにあちこちでアレやコレやと鳴らしてもらい、自分の中で優劣をつけ、ネット上の評価と照らし合わせては一喜一憂する。今にして思えば恥ずかしいことだが、音を聞く事そのものではなく、聞いているオーディオコンポーネントの評価をする評論家めいた自分に酔っていただけであろうと思う。そうした中、初めてコレは!?と言うものに出会うことが出来た。
今でこそ家電量販店のオーディオコーナーでも扱われることになり知名度も上がったが、当時は専門ショップでしか見られなかったスピーカー。イギリス、KEF社のIQ30と言う。高域の明瞭度は嫌味にならない程度に高く、低音もしっかりと低いところまで出ており、音の広がりも十分でありながら、どこも誇張したように聞こえない。コレだ!と思った。
しかしここで問題となるのはお金の問題だった。大学に入ったばかりで自分で自由に使える金額も少なく、また金銭感覚もどちらかというとケチな部類に入ったであろう当時の私にとって、6万円は大金であった。いや、6万円を安いと見るか高いと見るか、と言うよりも、スピーカーに6万円を払えるか?と言うのが問題だった。結局まだこの時はオーディオが心に占めるウェイトが少なかったのか“たかがスピーカーごときに”そんなに高い金を払えるか、と購入することはせずスパッと忘れてしまうことが出来たのだった。ケチくさい話である。
ところが幸か不幸か、半年もしないうちにIQ30を安く入手する機会に恵まれる。当時スーパー円高タイムが絶賛進行中だったのだが、海外製ブルーレイを探していた時に偶然米アマゾンでIQ30が半額で投げ売られているのを発見したのだ。送料も込みで3万円である。これは運命とばかりに迷わず購入を決めた。
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巨大な箱をえっちらおっちらと運んできてくれた佐川に感謝しつつ、開梱すると中身も無事である。問題はというと設置場所だった。それまではモニターのすぐ隣に安物のスピーカーを置いていたが、占有する体積も重量も違いすぎる。しかしツィーターは耳の高さに合わせたかったのでスタンドが欲しい。しかしスタンドとなるとまた数万円単位の出費となってしまう。スピーカー本体より高いスタンドなど使えるだろうか?と言う事で何とか考えた結果……。
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こうなってしまった。カラーボックスを補強した上で大理石を載せて制振性を少しでも高めようと涙ぐましい努力が垣間見える。その前にすぐ前の本棚をのけてしまった方が効果は高そうだが、当時はレイアウトの変更が難しかったので仕方がないのだ。
ちなみにアンプは当時流行していた5000円ほどの中華デジタルアンプだった。10万円のアンプをしのぐ!?ともてはやされたのを鵜呑みにして安いのをいいことに購入してしまったのだ。この3万5千円のセットは我ながらそこらの10万円以上のクラスにも劣らないクオリティを発揮して、コストパフォーマンスでは最高の物だったように思う。
特にIQ30の出来は本当に素晴らしかった。ティアドロップ形状のキャビネット、この価格帯では少ない16.5cm口径のユニットによる低域、試聴距離まで一メートルに満たないニアフィールドリスニングにもかかわらず崩れない定位感を実現した同軸ユニット。バフレスや個体の強度不足で若干ブーミーな感じはあるものの、まだ貧弱な中華アンプではその粗が全く出る事無く、偶然がもたらした好マッチングと言えよう。セッティングも比較的容易で、バイワイヤリングも可能でスピーカーケーブルによる音の違いも教えてくれた。私にとってはスピーカーセッティングのいろはを教えてくれた愛すべき存在だ。アンプを色々と買えながら長い付き合いになったものの今ではもうお嫁に出してしまった。もっとハイパワーなアンプでしっかりとドライブして真の実力を発揮させてやりたかった事だけが少し心残りだ。
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ここまで読んで下さった方には、レイシアはケチな人間と移っているのではないだろうか。この時はまだ恐らく金銭感覚はオーディオに興味のない人間とさほど変わらない状態であり、オーディオ機器にお金をかける事を由とせず、むしろ安く買えた品物でも十分以上の価値を発揮してくれる事に喜びを感じていたように思う。所謂バジェット(低予算)オーディオとでもいうのだろうか。
そんなレイシアの身にも遂にオーディオの魔の手が……。

続く!?

いや、もうなんだか当初の想定以上にに長くなり過ぎたんで、一度切りますw

ではまたーノシ