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向日葵の教会と長い夏休み レビュー

先日完走したので>挨拶

プレイして面白かったもののモヤッとした感じを抱えてしまったので久しぶりに作品にじっくり向かい合ってレビューっぽく思いの丈をぶつけてみました。ここしばらくはプレイメモだとか感想だとか言った形でお茶を濁してすっかり書き方なんて忘れてちまったぜ!と言いうことで今までとは形式が違いますが、いつも通りネタバレは反転してますのでよろしければ見てやってくださいませー
とは言え長々と書いていますが一言でまとめると詠ちゃんめっさぷりちー過ぎるのにメインヒロインじゃなかった(´・ω・`)という愚痴ですががが

向日葵の教会と長い夏休み(枕)

★★★★☆  お気に入り:夏咲詠

GOOD

シリアスな内容に触れているにもかかわらず終始爽やかな雰囲気で、読後感も良好!

BAD

伝奇要素に期待しすぎるとしょんぼりするかも

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向日葵の教会と長い夏休み_OP
本作のテーマは”愛の形”と”親と子の関係性”。
主人公、ルカ、雛桜の三人は事情により実の親元から離れて暮らすことを強いられる「家族に愛されなかった不幸」に見舞われています。一方ダイヤはこの三人と違い、母親がいるものの、母親の言いつけでお嬢様であることを強いられ、本来の自分でいる事が出来ないという「家族に愛されるが故の不幸」に遭っているというのがとっても皮肉的です。
詠はというと……ネタバレなしには彼女を語るのは少し難しいのですが、「愛するが故の不幸」とでも言っておきましょうか。
自身の起源や存在証明の危機といった深刻な心の問題に至る両親との離別や家族の関係と言ったテーマを扱っている割に作中を通して陰鬱な空気は少なく、希望が持てるような明るく前向きな雰囲気に満ち満ちているのはとてもすごいことだと思いました。本作が公式HPで雰囲気ゲーと称しているように、にぎやかな登場人物の日常の掛け合いがその空気を作り出しているのに加え、読者にネガティブな感情を思い起こさせるような変にシリアスな要素や展開をあえて避け、きれいさっぱりオミットさせることに徹した結果、どこまでも優しく、そして綺麗な物語に仕上がったといえるでしょう。(とはいえ、そのせいでそこはかとない物足りなさとアンバランスさを感じる作品となってしまった感があるのですが……それはまた後ほど!)

絵については幼少時の立ち絵やその後の立ち絵、サブキャラクターも豊富なうえに各ヒロインの後ろ姿まで完備されているサービス精神は素晴らしいと思います。ただしクオリティには若干ムラっけがあって、背景はキャラクターに比べてべったりした塗りだし、特にダイヤが立ち絵では垢抜けないのに一枚絵ではとても可愛らしく描かれていたりと安定していないように感じられました。
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後ろを向いた時の立ち絵があるだけでなんだか普段は見られない彼女たちの違う側面を(文字通り)みられてなんだか得したような、幸せな気分になります。あーもっと増えてくれないかな、後ろ立ち絵。

分量、質共に明らかなシナリオ格差があります。おそらく共通シナリオ冒頭をプレイした段階ではどう見てもメインヒロインは詠ちゃんですが、ヒナが表のヒロイン、詠が裏のヒロインであるこの二人の割合が多くを占め、そしてダイヤとルカがサブヒロインという感じでしょうか。またアイキャッチで大人になった姿が映ったり、OPムービーでも登場するので公式がネタバレどころか隠す気が無いようなので言っちゃいますが、ヒナちゃんは作品中でおっきくなりますのでようじょとイイコトしたい人は残念でした!
さて、内容に関してですが結論から言うと詠シナリオ、雛桜シナリオのクオリティの高さは逸品で、大変楽しめました。全く異なる切り口なのですが、どちらも良い話だなぁ……と読み終わった後に幸せな気持ちになれるお話です。特に個人的には詠ちゃんのシナリオが刺さりまくって、終盤はもう涙で画面が霞みながらプレイしていました。ああいうお話に弱いんですよ、ええ……。ご都合主義と言えばそれまでなんですが、普段は明るく献身的な詠ちゃんが影では私が幸せになれる権利があるのかと言う罪悪感を抱えている事を知ってしまうとその健気さに堪らない気持ちになって、こまけーことはいいんだよ!とばかりに幸せになって良かったねと心から祝福してあげたくなりました。と言うか作中を通しての詠ちゃんの健気さと可愛さといったらそれはもう半端じゃありません!!強いきずなで結ばれた主人公との息の合った掛け合いはまるで長年連れ添った夫婦のよう!お話を読んだ上で改めて共通シナリオをプレイし直すと、天真爛漫な彼女のもつ純朴さの陰に隠れた悲壮な決意にまた涙腺ががが(ノ∀`)
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ヒナは教会で運命的な出会いを経てからみんなと仲良くなっていっていき、主人公とまるで親子のような関係性を築いていく様子がとても丁寧に描かれています。また、朧白聖歌隊の面々に加えて地元の人みんなから愛されて良い子に育ったヒナを見ていると、娘を持った父親の如く感慨深い思いに襲われます。
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なかでも娘の様に可愛がる主人公に対して、初恋の相手に一人の女の子として見られたくて色々と策謀を巡らすヒナの微笑ましい親娘漫才のようなやり取りが大好きで見ていて思わずニヤけっぱなしでした。
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そんな露出の多い水着を人前で着ちゃいけません!と怒られたものだから意趣返しとばかりに家で水着ですごす水着デー……なんだか倒錯的で寧ろ裸よりえっちぃ感じがします!?
そして極めつけは親娘から恋人への関係性の変化の繊細な描写も逸品で、女の子から女へと変貌を遂げる花火の下でのキスシーンにはグッときました。あれはもはやズルいと言っていいくらい!
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ですがそういった感動を味わえたにも拘らず、名作か?と聞かれれば「うーん……」と思い悩んでしまう、ベタ褒めすることを躊躇してしまいます。その最大の要因は、ダイヤとルカと詠の三人のシナリオと雛桜シナリオとの間の、ある種の不整合によるちぐはぐさにあると感じました。
まず本作にはルートロックが存在します。具体的には雛桜シナリオは詠シナリオの後でしか読むことはできません。その理由としては、詠ちゃんの伏線を明かす展開の都合上仕方がないというものに加えて、雛桜シナリオこそ本作の最後の主役にして締めくくりにふさわしいという製作側の意図が働いた結果であると考えてしまってよいでしょう。詠の言葉を借りると、「主人公が選び、そして最も大事な物語」と言っていたように、マルチエンディング方式と言うギャルゲーお馴染みのシステムを採用した本作に於いて、敢えて雛桜シナリオがトゥルーシナリオであると断定しています。
たった一つのスタート地点である共通シナリオから系統樹の様に各ヒロインのシナリオへと分化するマルチエンディングという形式が観測者たるプレイヤーに難なく受容されてしまうギャルゲーのセカイに置いてにおいて、トゥルーシナリオをたった一つだけ固定してしまうという神の御業がもたらすことの重大さと深刻さは計り知れません。
あくまでもサブキャラクターである月子がどれだけ主人公に好意を示しても決して結ばれる可能性が無いように(コンシューマ版はまた別のお話として)、サブヒロインであるルカやダイヤ、そして裏のヒロインと言っても良い詠ですらどれだけ主人公への深い恋慕があったとしても、創造主によって正史というお墨付きを得た雛桜シナリオからしてみれば、「彼女たちと結ばれる、そんな事があったかもしれない」可能性世界の一つにすぎず、あくまで” 向日葵の教会と長い夏休み”の物語は雛桜シナリオへと帰結すべきさだめを刻み込まれてしまいました。
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まるでトゥルーシナリオ形式を採用する事を非難しているように見えるかもしれませんが、本来私の場合はむしろ逆。作中にばら撒かれていた伏線の数々が後に明かされた情報と共に有機的に結びつき、トゥルーシナリオという一つの全体像を模っていくようなお話に出会ったときの、あの全身がぞわぞわと総毛立ちまるで脳がしびれるような感覚が大好きで、むしろそういった感動を味わうために物語を貪り続けている節さえあります。ところが、本作ではそういったトゥルーシナリオへすべてが結びついていく感覚がイマイチ感じられませんでした。決して前者三シナリオと雛桜シナリオの相関が全くないと言っているわけではありません。ルカシナリオで愛されないが故の孤独と絶望を知り、ダイヤシナリオで愛されるが故の責任と束縛を味わい、ヒナに愛を教えてあげてほしいと願った詠の想いの全てを受け止めたプレイヤーだからこそ、親に捨てられたヒナを育て上げると決めた主人公を“人ひとり育てる事の苦労も考えずに若気の至りだな”などと批判めいたことよりも先に心から素直に応援することが出来たのでしょう。ところで本作をプレイする際に最初に触れるルカ、ダイヤ、詠シナリオは言ってしまえば伝奇要素がシナリオ進行の為の核として用いられてます。例えばルカシナリオ中において、盗撮写真をメールで送りつけてくる犯人を心霊現象だと断定した際に、霊的存在が犯人だったという事実以上に、主人公も月子もすぐにその事実を受け入れていたことに驚かされたものです。共通シナリオからこの三人のシナリオにおいては古くから霊的な伝承に事欠かない朧白では不思議なことが起こっても何一つ不思議ではないという言葉通り”霊験あらたかな朧白はそういう場所なのだ”という認識を違和感なく受け入れられるための雰囲気づくりのが上手になされており、イベントやテキストでとても気を使っているように見受けられました。ルカが青バラを生み出してしまうだけの言霊の存在に始まり、寝子麗踊りの来歴と教会の関係が記された朧白幽瞑談も、古事記を引用して朧白では死者と生者の境界が曖昧だと語った話も、三珠ヶ島は神が点から落としたという逸話も、夜な夜な金剛石の母瑠璃子の記憶を見せたり傳兵衛との因縁を結ばせた付喪神のお面があっても、ぐーたらなにゃんこがひとりぼっちの少年と共に居たいと願って人となったことも、何が起こってもおかしくない朧白村の雰囲気の前にはなんら違和感はなく受け止めることが出来たのです。そして割り切ってしまえればこちらのモノ。最後を締めくくるにふさわしい今までの伏線や世界観の総まとめであるはずのトゥルーシナリオではいったいどのような展開を見せてくれるのだろうか!ヒロインズに先んじてプレイヤーの耳の処女膜を子安ヴォイスで奪い去ったのは神父だし、やたらめったら武術と武器の扱いに長け、主人公を弟子として鍛え上げようとする描写が多かったのはきっと退魔師の神父が教会無き後霊場として不安定になるのを見越してのことであり溢れ出てきた死者とか猫独楽とか黄泉路のもっと上位存在との戦いに備えての事に違いない!とかヒナって雛桜って名前から来てるみたいだけどOPを見た限りおっきくなっちゃうのは確定的に明らかだから多分彼女はこの世界と黄泉の世界を結ぶキーキャラクターで呪いか何かで小っちゃくされてるんだろうなぁとか羽翅窟の先に広がる黄泉路へと渡りヒナを救い出すために詠と戦わざるを得ない展開になったりしたらいやだなぁとか梢が自身が呪われていると発言したのを受けて単に観念的なものであると思わずに遂に朧白村の呪いの秘密が解き明かされるのか――!?と妄想全開でと大いに盛り上がっていた事は秘密ですw
ところが……ふたを開けてみれば雛桜シナリオではそういった摩訶不思議要素は一切介在しない、どこまでも現実に即した物語でした。それどころか十年ぶりに再び過去の出来事をなぞるように教会から落ちた雛桜が助かったのも偶然だと断じてしまった辺り、奇跡も不思議の関与を拒絶したいという作者の意思すら疑ってしまいます。もちろん、雛桜シナリオにおいて”向日葵の教会”編で培われた主人公とヒロインズ、そして朧白での生活を支える人々との繋がり、そして何よりも主人公と雛桜の出会いと心の交流を通して家族となっていく起点として重要な意味を持っているのは語るまでもありません。
しかしこれではまるで、朧白で教会が無くなったことで霊場としての機能が失わると同時に、詠が猫として陽介と雛桜の二人を見守ろうと決心して人々の記憶から消え去ってしまったように、今まで積み上げてられてきた不思議な朧白や十年前に繰り広げられたかもしれなかった物語の全てが否定されてしまったかのようではないですか!!サブキャラクターであるという立場を逆手にとってその悲哀を表現し切った月子とは対照的に、みんなの親代わりのような作中で重要なポジションを占める神父をそこらの作品に溢れるツゴウノイイ親と同程度の扱いに終始させたり、それに何よりあれだけの雰囲気づくりに用いられた要素の全てが物語の前座を彩るスパイスに過ぎなかったというのはあまりにもったいないのではないだろうか!
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ここでタイトルに戻り、再びスタートから進める。そこでは”向日葵の教会”編と”長い夏休み”編が選べるようになっている。そういえばそうだった。一見何の関係もなさそうな二文をつなげ一つの文とする一昔前のラノベのタイトルのような本作だけど、その内実本作はあくまで”向日葵の教会”編と”長い夏休み”編の二つは独立しているのだという心づもりでプレイできていればまた感想は変わったかもしれません……。

他にも細かいところを言うといくつか不満点はあって、たとえばヒナちゃんの成長過程である十年の月日を一気にかっ飛ばしてしまったところとか。一緒に同棲しているんだからまるで雛鳥のように純真無垢なヒナが第二次性徴を超えて少しずつ女の子らしくなっていき、性差を意識し始め、例えば一緒にお風呂に入っていたのに嫌がるようになるとか、同じベッドの上で寝る事に拒否感を示すようになるとか、「よーすけー、ヒナ、病気になっちゃた!!」とか涙目で縋ってくるヒナちゃんに初潮について手取り足取りで性教育する場面とかに主人公は遭遇しているはずです。うらやましいじゃねーかコンチクショウ!俺にも見せろよ!!!じゃなかった、そういったシーンを間に五年後編みたいにワンクッション挟むか、回想と言った形で挟んでくれていると私たちプレイヤーもよりヒナちゃんが少しずつ成長していく姿を目の当たりにできて、より感情移入できたんじゃないでしょうか。一度しか出てこない詠の母の姿を入れられるんだったら、その分の労力をもう一段階成長途上の雛桜へ割り振ってほしかった、と言うのが素直な気持ちです。

次に、冒頭故郷からの手紙に呼ばれて帰ってきた所からこのお話は始りますが、この久しぶりの帰郷と言う設定は主人公が成長したヒロインや久しぶりに再会する登場人物全員と関係を一から再構築することを強いられるため、主人公とヒロインそしてその世界の全てが初対面となるプレイヤーにとって本来大変都合のいい設定のはずなんです。しかし主人公が八年ぶりの帰郷でそれまでほとんど連絡も取っていなかったにもかかわらず、再会を果たした朧白聖歌隊の面々とよそよそしさもなくあっという間に馴染んでいくさまには、一人取り残されてしまった気分になりました。コミュニケーション能力に長けた人間にとってはこんなものなのでしょうか……。
そして作中で何度も強調される朧白良いトコロ!、仲良し朧白聖歌隊!と言うのもそこまで共感できず終いでした。と言うのも、朧白聖歌隊の面々である主人公、詠、ダイヤ、ルカ、月子の五人の間で、主人公とそれぞれのヒロインが仲がいい(仲良くなるきっかけ)のエピソードはあるものの、ヒロイン同志が仲良くなるきっかけだとか、全員が一丸となって行動する描写が少ないせいで、出だしから主人公への好感度マックスな様子も相まって思い入れが足りずどうも上手く馴染めずにまるで他人事のように感じられてしまい世界への没入が阻害されてしまったように思います。それ故昔馴染みの再開だとか秘密基地の復活だとか、ノスタルジックで本来ならば心躍る要素にワクワクできなかったのは辛い所だったり。

あとはヒロインと心を交わして物語がヤマを越え綺麗にまとまってひと段落ついたのも束の間、思い出したかのように怒涛のえっちぃシーンラッシュでありますが、これには辟易してしまいました。しかもえちぃシーン自体は結構気合が入っているだけに感動も雰囲気もなにもあったもんじゃない。おまけにしろ、とまでは言いませんが、あんなに取ってつけたように入れるのではなくて、もう少し上手に本編に組み込んでくれていれば良かったな、と思います。
特に詠シナリオでは感動して目の前が潤んでいた状態から一気に醒めてしまって、にゃんだかなーw
とはいえそのクオリティの高さは目を瞠るものがあって、ちょっぴり倒錯的で変態っぽいえっちぃしーんが多く見受けられたのもいいぞもっとやれ
えっちぃつながりで最後に、ヒロイン四人の事を意識しだすきっかけになる出来事がそろいもそろってえっちなハプニングだった、と言うのも首をかしげたくなるしょんぼりした要素の一つです。もうちょっとなんかあるでしょ!とですねぇ……。

と不満タラタラではありますが、これもそれだけプレイしていて期待が高くもてる作品だったし、色々と惜しいなと文句をつけてしまうのは本作の根底に流れる優しい世界が好きになってしまったからかもしれません。

以下お気に入りシーン写真館(ネタバレ有)
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ではまたーノシ